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パチスロ昔話3

久しぶりにこのシリーズ書いてみたいと思います。

思い出しながら書いてるので多少数値がずれていたりと至らない点ありますが、ご了承くださいm(__)m

PCの方は上に「パチスロ昔話」というタブ作ってますので、そこをクリックすれば過去のも見れます。

今回はアラジン2エボリューションです。

アラジンといえばアラジンAという機種が非常に有名です。

アラジンAが凄まじい爆発力を持った機種だというのは世代でない方でも聞いた事があるかと思います。

3万枚やら4万枚やら今では考えられないぐらい出る事もある機種ですね。

打った事もない人もいると思いますので簡単に説明すると、アラジンAはAT機というジャンルの機種で、毎G小役が成立しています。

その小役は押し順に正解しないと揃いません(最近のART機みたいな感じです)

しかしAT状態に突入すると毎G成立している小役の押し順をナビしてくれる為出玉がモリモリ増えていくという仕組みですね。

ただ最近のART機と違ってハズレがよく出たり、リプレイが揃いまくるのではなく、毎Gベルが揃うような感じをイメージしてください。

純増は1Gあたり12枚ですw

さらにアラジンAが爆発する理由はATのG数に秘密があります。

AT中にハズレを引くと抽選が行われます。

そこでの最大G数がなんと5000Gですw

しかも2000G、3000G、4000G、5000Gは同じ振り分けなので薄いとこを引いてしまえば、恐ろしく出てしまいます。(※滅多に引けません)

5000Gを引いた場合6万枚ぐらいは出ますねwあまりにも出玉が激しいのでミリゴやサラ金などと同時に強制撤去されてしまった機種です。

長くなりましたが、そのアラジンAの後継機として出たのがアラジン2エボリューション(通称アラエボ)です。

当時は4号機後半でストック機全盛期の時です。

北斗や吉宗があった時代ですね。

ですのでアラエボもストック機として出ました。

機会割は6でも110%程度とかなり抑え目でしたがいったん連チャンモードに入れば一撃万枚も射程圏内の機種です。

単チェリーの熱さや前兆中の演出が大好きで、当時僕はこのアラエボを打ちまくっていました。

そして生放送でちょくちょく話題の出てくるうちの父(ひろゆき)も打ちまくっていました。

銭湯に二人で行ってサウナ室でアラエボについて1時間近く語ってた事もあるぐらい当時は二人共夢中でした。

ある日友人のTが熱いイベントがあるから行こうと誘ってきました。

内容はイベント機種に朝一からサメ、エビ、アンコウの札が刺さっているという内容です。

サメは設定4以上、エビは設定5以上、アンコウは設定6確定です。

さらに札台以外にも6を投入という内容でした。

しかも対象機種にアラエボがあると聞いては当然行くに決まっています。

父も休みだったので誘ってみると二つ返事で行くとの返答。

かくして僕、父、Tの3人は朝一から行くことに。

その日の並びは50人程で三人とも早めの番号を引く事ができました。

先頭集団が判別の効きやすいカイジ等に走った為アラジンのシマには一番乗りでした。

父がアラエボのアンコウ札を見事ゲット。

僕は少し離れたアラエボのエビ札をゲット。

Tは北斗のトキ札をゲット。(なぜか北斗のシマにはサメ、エビ、アンコウとは別の北斗札トキ、ケンシロウ等)が刺さっていたw)

父は最初はハマっていたものの気づくとちゃっかり単チェから解除させています。

しかしうちの父は目押しができない為いつも僕が7を揃えに行っていました。

客もまばらな店内に緑7をテンパイさせた時のテンパイ音が激しく鳴り響いています。

しかもいきなりJAC中の星8連続揃えをかますという奇跡!(JAC中に月か星を8連続させると高確ロングという連チャンモード確定)

そして昼過ぎに奇跡が起こります。

父が「おい!ビチクソ!」と凄い勢いできたのでハイハイどうせチェリーの目押しかなんかだろ・・・と父の台を見た瞬間に思わず僕がフリーズしました。

宇宙・・・だと!?

これには本当にびっくりしました。

アラエボのビッグは砂漠を飛んでいる画面なのですが、ごく稀に宇宙を飛びます。(宇宙=高確スーパー確定で、ボーナス後ハズレの8分の1でボーナス放出。ボーナスを引いた際の8%で通常に転落するまで延々とループするアラエボ最強のモード)




アラエボ宇宙





↑これは拾い画ですが、これが宇宙です。

僕はというと結局夕方まで増えては減らしのダラダラした展開。

おまけに6はほぼ否定な上に父の目押しにも行かなくてはならず、非常に苦痛でした。

父はモリモリ出玉を増やし夕方には万枚突破!

さらに出玉は伸びて最終的には14000枚という出玉でした。

一旦高確スーパーに突入するとファイヤードリフトの車や金かば、さらには獣王でお馴染みの肉やダチョウなどとにかくプレミアが出まくります。

解除G数も早い為モリモリ出玉が増えてまさにアラエボ最高の瞬間でもあります。

父は大満足の結果に終始ご機嫌でした。

一方僕は最後なんとか連して+5万程でした。

そして友人のTはというとまさかのマイナス10万オーバーでした。

解除しない、解除しても単発のループで目が真っ赤に充血してて怖かったです。

最後にみんなでラーメンを食べに行きました。

Tはラーメンを食べて少し元気になったみたいで、また明日リベンジすると行って帰宅しました。

僕と父もアラエボの話に花を咲かせながら帰宅しました。

父は家に帰ってからもアラエボの話を母にしていました。

母は「はいはい良かったね」と聞き流していましたが、父はプレミアを雑誌の写真つきで熱心に解説していました。

月日は流れて、つい最近実家に帰った際にたまたまスロットの話になりました。

父は真っ先にアラエボで14000枚出した昔話をしてきたので僕は思わず笑いました。
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パチスロ昔話2

こんちゃ!!

ビチクソです( ^ω^)

このシリーズはノンフィクションですが当時を思い出しながら書いているので、若干数値がずれてることもあろうかと思いますがその辺はご了承ください(;^ω^)

第2回の今回は「北斗の拳SE」です。

北斗の拳といえばみなさんご存知のサミーの機種でギネスにも載るほど売れた大ヒット機種です。

どのぐらい大ヒットしたかと言うと、今では考えられないかもしれませんが、北斗しかないホールもあったぐらいヒットしたんです。

大きなホールなら3シマ、4シマは当たり前で全盛期にはそれでも満席になるぐらいの稼動でした。

ボーナス中は拳志郎とラオウの手に汗握る死闘があり、パチスロをあまり知らない人でも北斗だけは詳しいっていう人も多かったように思います。

その北斗の拳の後継機が北斗の拳SEです。

違いは色々あるんですが、簡単に言うとスペックダウンです。

ボーナスでの獲得枚数は少なくなり、割も下がってしまいました。

北斗が119%に対し北斗SEは108%(106%?)程度です。

今回はそんな北斗SEを初打ちした時のお話。

その日僕は友人のTと徹夜で遊んでいました。

翌日に控えた北斗SEの新装が楽しみで楽しみで、前日から妄想話で盛り上がったのを覚えています。

二人でホールを吟味して、「朝一札台は6確定&全6コーナーあり」のイベントを行っているホールに決めました。

このホールはかなり小汚い店でまるでゲーセンのような佇まいの店でしたが面白いイベントを行ったり、店長がコスプレして現れたりと、なかなか粋なホールでした。

割の低い北斗SEなら全6の可能性も十分にあるんじゃないかと踏んでの考えです。

朝の抽選では見事二人共一桁を手にし北斗SEには余裕を持って座れる状態でした。

福岡は10時開店ですが、そのホールは10分前に入場して席に座って10時を待ち、10時になると同時に遊戯開始というホールでした。

そしていよいよ入店時間。

入店するなり驚きました。

北斗SE全台に6確定札が刺さっています。

みんな北斗SEのシマになだれ込む中、僕とTは並びで座りました。

みんな早く打ちたくてうずうずしながら横に置いてある小冊子等をみたりして10時を待ちます。

そして遊戯開始。

初代北斗とは少し違う演出を楽しみながらTと二人で打ちはじめました。

Tは早々に中段チェリーからボーナスを引き当て回数を重ねていきます。

僕はといえば中段チェリーが出ない・・・出ても解除しない・・・の繰り返しで朝から1000Gハマりです。

周りではすでにドル箱を使っている人もいる状況だったのできつい展開です。

そしてようやく引いたボーナスも単発。

次も早めに解除させるも単発。

Tが「相変わらず弱いなw」と笑う中、投資だけが重なっていきます。

4万程使ったところでまたボーナス。

と、同時にTも同じタイミングでボーナスを引きました。

僕は「どっちが続くか勝負しよう!」と言うとTは余裕の表情で「負けた方が晩飯なw」と笑いました。

そこからはTとの壮絶なバトルがはじまりました。

お互いラオウの剛掌波が出るたびに心臓がギュッとなる思いでレバーを叩き、拳志郎の攻撃のたびにホッとする展開。

僕とTはどちらも10連チャンを越えています。

しかしそこでTの拳志郎がラオウのパンチでまさかの敗北。

Tは「ギャーw負けたぁ」と言って笑いました。

しかし僕の台は終わりません。

北斗は20連チャン以上してボーナスが終わる時にはラオウの昇天演出が発生するのですが、全然出てきません。

30連。

周りの人がチラチラとこちらを見てきます。

40連。

後ろで何人かが張り付いて見ています。非常に打ちにくい・・・。

50連。

店員がマイクで「50連チャン突破おめでとうございまーす」と煽った為さらに増える張り付き・・。

60連。

もはやプレッシャーしかありません。常連のおじさんに「すごいな兄ちゃん!」とコーヒーをもらったのを覚えています。

後ろに何人か立って僕とラオウの戦いを見ていますが、僕も必死にレバーを叩きます。

64連目に昇天演出発生が発生してしまいましたが、一撃7000枚以上出ればもう十分過ぎる程です。

Tもさすがにこれには驚いていましたが、良いもの見れたと笑っていました。

その後ダラダラと出る展開で閉店30分前にやめました。

Tは3000枚程。

僕は10006枚。

初打ち初万枚です。

初代北斗では8000枚が最高だったのでこれはかなりうれしかったのを覚えています。

Tと二人で中華を食べに行き北斗の話で盛り上がりました。

この日打ちに行ったホールは最近潰れてしまいました。

半分1パチにしたりと色々と頑張っていたみたいですが、非常に残念です。

潰れる前に最後にもう一度Tと打ちに行きたかったんですが、仕事で結局行けませんでした。

このホールの最後の日Tは一人で打ちに行ったそうです。

そして夜電話がかかってきました。

僕が「どうだった?」と聞くと、Tは言いました。

「スロまさかの全台全6w」


店長・・・やりすぎですぜww

パチスロ昔話1

こんちゃ!!

本日二度目の日記です。

昔って程でもないですが懐かしい話をシリーズ化して少しずつ書いていけたらなと思ってます。

第1回目はズバリ南国娘です。

え?五号機?って思うかもしれませんが、まぁその辺は気にしない気にしない。。

南国娘といえば五号機初期に出た台でボーナス軽め(設定6で150分の1ぐらい)で6の割が108%。

ビッグ後は必ず50Gの完走型RTに突入という非常にまったりした仕様です。

当時僕はこの南国娘が大好きでした。

小中大と3種類の遅れにチェリー+鳥揃いという出目。

チェリー+鳥揃いを狙い右リールで鳥がはずれるとボーナス確定という確定パターンがとにかく好きでした。

当時マイホには南国娘は4台設置されており毎日必ず1台は6が投入されていたので積極的に狙っていました。

南国娘はベル確率と青7出現率から設定推測しやすかったというのも良く打っていた理由の一つです。

マイホはボロボロのホールでしたが居心地の良いホールでお気に入りでした。

ある日僕がいつものように南国娘狙いで並んでいると「ようっ!」という声がしました。

誰かなと見るとそこにいたのは中学時代の同級生のKでした。

Kに会うのはかなり久しぶりでしたが僕はあまりうれしくありませんでした。

Kはいわゆるヤンキーってやつで中学時代からバイクを盗んだりケンカっぱやかったり万引きをしたりとムチャクチャな奴でした。

僕とKは普通に話はしますが遊んだりはしないという感じの間柄でした。

「うわー嫌な奴にあっちゃったな」と思いながらも一応「おー久しぶり!」と返す僕。

Kは「お前もスロ打つんやね。俺最近ここに通い始めたんよ。今日は何狙い?」と聞いてきたので僕は「南国娘の6狙いよ」と素直に答えました。

するとKは「あぁ~ここ娘に6入れるみたいやしね」と納得した様子。

僕が「Kは何狙い?」と聞くと「俺は島唄よ」と言ってニイッと笑いました。

島唄は4号機で南国娘とは違いかなり波の荒い機種でした。

一旦ビッグを引くとバケを引くまでビッグが1G連するというかなり中毒性のあるスペックです。

僕はKに「島唄かぁ、勝ってる?」と聞くとKは「島唄で車買ったわ」と得意気に笑いました。

そこから何気ない雑談の後入店。

無事南国娘に着席した僕は周りの台の様子等から昼過ぎには自分の台を6と確信してぶん回していました。

夕方過ぎにKの様子を見に行くとKは半ばヤケクソ気味にサンドに現金を入れていました。

いくら負けてるのか聞くとKは「8万」と答えました。

結局その日僕は3000枚程の出玉で帰宅しKは10万程負けて帰りました。

次の日も次の日もKは島唄を打って大負けしていました。

そんな日が2週間程続いたところでKはぱったりとホールにこなくなりました。

それからしばらくしてKには借金があるという話を別の友人から聞きました。

島唄で車を買ったとかも嘘だったらしくどこにいるのかすらも誰もわからなくなっていました。

僕はといえば4号機には目もくれずに相変わらず南国娘やサンダーVスペシャルの高設定狙いでコツコツ頑張っていました。


それから4年後当時のマイホの近所にたまたま用事があったので、マイホにも寄ってみました。

当時と全く同じ匂いがしました。

雰囲気も全然変わっておらず、南国娘があった場所には南国美人という後継機がいまだに置いてあったので10K程使い2時間遊んだところでホールを後にしました。

まるでタイムスリップしたみたいに昔を思い出しながらK元気かなぁと思いました。

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